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2021/11/10

母の思い出

やまゆう
※このエピソードは、霊園ガイドサイトで募集した「お墓のエピソード」の2021年度11月度作品です
(出典→....>外部リンクへ)。

母の思い出

先日、祖母の1周忌に出た後。
母が子供の頃に、同じ場所に墓参りに行った記憶を話してくれた。
その話が余りに温かかったので、少し書いてみたいと思う。

いまでこそ、東名高速道路が開通し。
日帰りで行ける距離になった母方の墓、その昔は墓参りは1泊旅行で子供達の楽しみだったそうだ。
「私が子供の頃はね、沼津の牛臥の所に1泊してね。その後、鉄道に乗って山間部を上がって行ったのよ」
と、母は懐かしそうに話してくれた。

母方の墓に向かう区間は、山間部で今でこそ真っ直ぐに電車が上がっていけるのだが
昔はスイッチバックという方式でしか電車が登れなかったらしい。
「スイッチバックって何」
私が聞くと、母が「そうか、貴女は知らないわよね」と説明してくれた。

坂がきつい為、登る馬力が無く。ギザギザに折り返している線路を前に進み止まり。
そこから、今度は折り返して後ろから登るという運行をするらしい。

楽しい記憶を話す時の母は雄弁だ。

だからね、お父さんが電車に乗っていると突然こう言うの
「いいか、今からお父さんが止まれと言ったら電車が止まるからな」
子供達の目を見ながら、祖父は高らかに宣言をするらしい。
「電車よぉおおおおお・・・止まれぇ!!」

当然、彼はオーバーアクションで手を高々と挙げてサッと手を前に下ろして叫ぶらしい。

その声と共に、電車はキキキキィイイイイイと、鈍い音を出しながら停止する。
子供達は、父親の言う通りに止まる電車に歓喜する。
「お父さん!!凄い!!どうやったの!!」
すると、祖父は嬉しそうに
「これだけじゃないぞ、次は電車が号令と共に後ろに進むからな!」

そう宣言すると、彼はスイッチバックで、電車が進むタイミングでまたこう言うのだ
「くぅううううう、電車よぉおおおおお!!!うごけぇええ!!」
すると、また鈍い音を出しながら電車が動きだす。

「お父さん、魔法使いみたい!!」
子供達の声が、電車に響いていたと思うのよ。
周囲の人は、笑いをこらえるのに必死だったでしょうね。
母は、そう言ってから
「商人の家はね、昔は年中無休で休めるのはお墓参りの時だけだったから。
とても楽しかったの」
なるほど、そういう楽しみも有ったのかと新鮮な話しだった。

当然、話しを聞いていた私の脳裏には、同じ電車の中に居たかのように
その風景が再現されていた。

同乗した乗客は、小さな子供達の歓声に頬を緩め。
祖父は、自慢げな顔でもして立ち上がって魔法使いを演じていたのでは無いかと。

お墓参り、そのものも大事だが。
お墓に行くことで、そういった昔の話の引き出しが開き。
知らない祖父のお茶目な一面を聞く事が出来るというのは、素敵な事だ。

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人々の記憶が集まる場所、心の拠り所としての墓という存在はこのコロナ渦の中で
今大事に守るべき場所になっているような気がしてならない。

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