第六回

澁澤龍彦「石の夢」解体新書

内藤理恵子 

澁澤龍彦とは

澁澤龍彦(1954年〜1987年)は、マルキ・ド・サドの翻訳、創作、評論などさまざまなジャンルで活躍した、知る人ぞ知る作家です。「知る人ぞ知る」としたのは、文学好き、サブカルチャーが好きな人にとっては「超」がつくほどの有名人でありながら、そのようなジャンルに興味のない人にはあまり知られていない人物であるからです。

2年前に出版された彼の伝記(写真1)も500ページを超える辞書のようなヴォリュームですが、その伝記をもってしても全貌を掴めないほど謎めいた人物でもあります。あえていえば、澁澤龍彦の全体像については、この伝記の中にも引用されている笠井叡(フランス文学者)の記述が核心をついていると思います。(以下)

澁澤龍彦氏は、そのような人間が地上に存在すること自体が、ひとつの奇蹟であるかのような雰囲気を、常に周囲の人々にあたえ続けた。いわば、地上的存在ではない天使が、まさに「虚無の夜空に打ち上げられた花火」のような一瞬間だけ、この地上で物質の姿をしているかのように……。(礒崎純一『龍彦親王航海記』に収録された「澁澤龍彦氏の思い出」)
(写真1)礒崎純一『龍彦親王航海記―澁澤龍彦伝』(白水社)の書影。澁澤龍彦について詳細を知りたい方は、こちらを参考にされると良いでしょう。かの作家・三島由紀夫が澁澤龍彦を崇拝していたことも知られています。

(写真1)礒崎純一『龍彦親王航海記―澁澤龍彦伝』(白水社)の書影。澁澤龍彦について詳細を知りたい方は、こちらを参考にされると良いでしょう。かの作家・三島由紀夫が澁澤龍彦を崇拝していたことも知られています。
 

澁澤龍彦の「石」エッセイ「石の夢」

澁澤龍彦は「美少年のような外見」を持ち、さまざまな言語を操る人間離れした天才でもありました。さらには仲間に愛されるチャーミングさも兼ね備えていた、というわけです。澁澤は作品ばかりではなく、その存在自体が一つの作品であるような人物であったといえます。

私の場合は、大学時代にマルキ・ド・サドの翻訳や『快楽主義の哲学』などの背徳的な作品を通じて彼の存在を知りました。しかし、心の底から感服した作品は、彼が書いた「石」についてのエッセイ「石の夢」です。 この作品は、「石」というテーマに潜む蠱惑的な側面を、思わぬ角度から多面的に掘り下げているのです。

ただし、このエッセイは、整理された内容であるとはいえません。 引用されている文献も古今東西のマニアックなものが多く、それらの情報が縦横無尽に錯綜します。 そこが、かえって天才・澁澤の脳のシナプスの繋がりをそのまま転写しているような臨場感があるのですが、 決して読みやすい文章というわけではないのです。そこで、今回は、澁澤龍彦のこの「石」のエッセイに出てくる情報を整理してみようと思います。


「石の夢」を解体すると

このエッセイを読み解くには、まずは、登場する人物を整理することが必要かと思います。 しかし、澁澤が挙げる人物名は、教科書には出てこないようなマニアックな人物がほとんどで、人物名とその概要をつかむだけでも、これが大変な作業なのです。しかも、それがどのような人物であるのか、本文中にほとんど説明がないため、前提になる知識がないと、まるで暗号の羅列にしか見えません。

そこで、「石の夢」に登場する人物をリスト化し、年代順に並べなおし、それぞれの大まかなプロフィールを作ってみました。(以下)

<海外>

  • プリニウス/23〜79年 古代ローマの博物誌家、主著は『博物誌』
  • フィッチーノ/1433〜1499年 イタリア、ルネサンス期の哲学者
  • レオナルド・ダ・ヴィンチ/1452〜1519年 イタリアの芸術家
  • ポムポナッティ/1462〜1525年 イタリア、ルネサンス期の哲学者
  • パラケルスス/1493もしくは1494年〜1541年 スイスの医学者、化学者
  • カルダーノ/1501〜1576年 イタリアの数学者、哲学者
  • ベルナール・パリッシー/1510〜1589年 フランス、ルネサンス期の陶工
  • ゲスナー/1516〜1565年 スイスの博物学者
  • アルドロヴァンディ/1522〜1605年 イタリアの博学者
  • スカリゲル/1540〜1609年 フランスの古典学者
  • アタナシウス・キルヒャー/1601もしくは1602年〜1680年 ドイツで幅広い分野で活躍した万能人
  • ノバーリス(著作の『ハインリヒ・フォン・オフテルディンゲン』が引用されている)/ 1772〜1801年 ドイツの詩人、小説家
  • ティーク/1773〜1853年  ドイツの小説家、劇作家。
  • ホフマン/1776〜1822年 作家、作曲家、音楽評論家、画家、法律家
  • C・G・ユング/1875〜1962年 スイスの心理学者
  • ガストン・バシュラール/1884〜1962年 フランスの科学哲学者 
  • マックス・エルンスト/1891〜1976年 ドイツの画家
  • ブルトン/1892〜1966年  フランスの詩人、作家。
  • エーリッヒ・フロム/1900〜1980年 ドイツの心理学者
  • J・バルトルシャイティス/1903〜1988年 リトアニアの美術史家
  • オスカー・ドミンゲス/1906〜1957年 スペイン出身のシュルレアリスムの画家
  • ロジェ・カイヨワ/1913〜1978年 フランスの哲学者

<国内>

  • 明恵/ 1173〜1232年 鎌倉時代の僧
  • 柳沢淇園/1704〜1758年 江戸時代の画家
  • 木内石亭/1725〜1808年 江戸時代の石の収集家
  • 平賀源内/ 1728〜1779年 江戸時代の科学者
  • 南方熊楠/1867~1941年 生物学者、民俗学者
  • 柳田國男/1875〜1962年 民俗学者

エッセイ「石の夢」は、澁澤が石を題材に、上記の人たちの作品を挙げながら、次々とイメージを連想した博物誌のようなものです。ともすればその博覧強記に圧倒され、私たち読者は主題をつかみ損ねてしまいがちです。

内部が空洞の石への偏愛

実のところ、「石の夢」が伝えようとするメッセージはごくシンプルなものです。 彼の「石」をテーマにした連想ゲームのような流れは、最終的には「ある特定の石のヴィジョン」に収斂されていきます。 上記のリストに挙げられた情報群は、その「流れ」を作るための布石に過ぎません。

このエッセイにおいて澁澤がしようとしていることは、石に関する、「とあるヴィジョン」をたまらなく美しいと感じた彼が、 読者をその美しい世界の次元になんとか引っ張り上げようとしているのです。たとえばルネサンス期の石のイメージ(当時は石や鉱物が生きているというイメージで語られていた)を挙げているのも、その前段として読んだほうがわかりやすいでしょう。澁澤の知識量があまりに圧巻で、「登ることができない梯子」のようであり、私たちを困惑させてしまうのですが……。

では、澁澤が愛した石のヴィジョンとは何か? 一言でいえば「石の中の空洞」への偏愛でした。そのイメージはロジェ・カイヨワが愛した「内部が空洞になり、そこに水が閉じ込められた瑠璃」と、柳田國男の記述(長崎の魚石)の両者に見られます。

「気永に周りから磨き上げて、水から一分といふところまでで留めると、水の光が中から透きとほつて、二つの金魚のその間に遊びまはる姿は、又とこの世にない美しさ」であるという、この物語の中心となっている美しい球体のイメージは、内部に空洞をもった石の魅力的なイメージと、ぴったり重なり合う性質のものではあるまいか。(澁澤龍彦「石の夢」『胡桃の中の世界』青土社)

国境を超えて、そのヴィジョンに小宇宙を感じたものたちがいたことを、澁澤は、いわば“発見”したのだといえます。そして澁澤自身も、そのイメージからフェティシズムのような、感覚を得ていたようです。彼は石の中の空洞に閉じ込められた水を「塔に閉じ込められた姫君」と呼びました。 つまり、澁澤は変態的なまでに「石の中の空洞」に惹かれており、その感覚を言語化しようとした挑戦作がエッセイ「石の夢」なのです。

たしかに、石の中の空洞にできた小さな空間は永遠に封印された小宇宙の箱庭のようなものかもしれません。 タイムカプセルのようでもあり、開けたとたんにその神聖が失われてしまう不可触性を持っています。 そんな箱庭にそっと入り込み、無限に夢を見ているような感覚を味わいたいという気持ちが澁澤のエッセイからは伝わってきます。 何者にも侵食されない、その美しい世界を「石の内側」に見出した澁澤が、古い棚から石を取り出し「これ、たまらなくいいでしょ?」とそれを見せながら語りかけてくる……そのような情景を思い浮かべながら「石の夢」を読むと、ヴィジョンを通じて天才・澁澤と時空を超えて繋がった感覚を持つことができると思います。

プロフィール・内藤理恵子(ないとうりえこ)
1979年愛知県生まれ。南山大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。博士(宗教思想)。 南山大学宗教文化研究所非常勤研究員。日本ペンクラブ会員。執筆ジャンルの幅は哲学、文学、空海の思想、石の文化など多岐にわたる。著書に『正しい答えのない世界を生きるための 「死」の文学入門』(日本実業出版社)など。